10月も終わりに近づき、次第に寒さが増してきました。
・・・と思いきや、たまにとんでもなく暑い日があり体調監理が難しいですね。
KA-houseもそろそろ完成が近づいてます。
現場は足場が外れ、建物の全貌を眺める事が出来るようになりました。
今回は外観全てのカットを紹介します。
こちらは前面道路から。
正面ファサードと勝手口等のバックスペースです。
実は個人的にこのアングルのファサードが1番好きです。
なかなかバランスの良い佇まいになったと思います。

そして次は正面と畑に面してるファサード。
メインアングルとなります。シンプルですね。
真横から捉えるとこんな感じに。ポッカリ空いているのが中庭です。
その奥にガラス面がありますがそのツヤッとした質感がとても効いてきています。
そしてバックファサード。連続水平窓があります。
庇を一発で通して、窓の間には角スパンをで全体を統一してます。
それぞれ色んな個性が生まれている事が分かりますね。
これは建築的にとても大事な事ですね。
さて、外観を見て触れておきたい事は中庭についてです。
普段は素人でも分かり易くをモットーに文章を書いてますが、今回は珍しく少し難解な事を述べます。というのも、建築を考える上でとても大事な事だからです。
安心・安全という言葉がもうずいぶん前から建築の世界でも頻繁に言われてます。従来は建物をより閉じていき、ガードをガチガチに固めていく上で安心を担保していきます。
しかし、そうして出来上がった建物や街が現代の様々な社会問題にリンクしてないとは言い切れないと近年は言われています。
閉じ過ぎた街や建物は、コミュニティを希薄にするのはもちろん、中で何が行われていても誰も気づけないし、とても不健全な状況ですね。また、閉じた状況は侵入は難しくとも一度侵入を許せば犯罪者にとってとても有利な状況を作ってしまいます。
先日NHKのテレビ番組で紹介されてましたが、「安心」という概念は日本だけのとても狭い世界で通用する価値観の様です。日本人のいう「安心」という言葉は英語では的確に訳せないらしいです。
「安全」とは、何かしらの「万が一」が常に共存します。例えば0.000001%のリスクがあるとして、それを受け入れた中で存在します。そして、欧米ではその僅かな責任を全ての個人が負うものとして受け入れられてるようです。いわば飛行機に乗る事と同じです。
日本人の「安心」とは、「万が一」を一切排除する中で得られるものらしいです。0.000001%のリスクがあるとすれば、それを受け入れる事では安心は存在できません。個人に責任を問わないので、常に排除する中でしか物事が成立しないようです。日本の断崖絶壁の名所のあちこちに柵がある事がその象徴の様ですね。
こうして考えていくと。閉ざした建物はきっと日本人の「安心」という言葉に支えられているのだと気づきます。それはもしかしたら疑っていいのかもしれません。
そしてKA-houseの中庭は正面からと隣の畑にも開かれたとてもオープンな空間です。
周囲から何らかの緩やかな繋がりを得た中で存在してます。
ちょっと覗かれそうなのが気恥ずかしいけど、それを超えた豊かさを享受しているかもしれません。
つまり、この建物は少しだけ通常の建物より「自由」なのかもしれません。
山崎 雅也/toit-design